ケチとケツは似ている

「馬鹿って言った奴が馬鹿なんですぅ〜!」

って文言があるじゃないですか。

これ別に成り立ってないと思うんですよね。

これ、どういう理屈でそうなったんですかね。

(他人のことを)馬鹿って言った奴が(他人を下に見れるほど人間できてないのに、人のことを馬鹿にできるなんて自分を客観的に見ることができていないから)馬鹿なんですぅ〜!

ってことなんですかね。

だとしたら深いよな。

小学生のときに何気なく使っていた言葉にこんな意図が隠されていたなんて、過去の伏線を回収した感覚だわ。

んなわけねンだわ。

 

でもこの理論が成り立つ言葉をついに見つけてしまったんですよ。

「奢ってくれよ〜」

「やだよ〜」

「え〜ケチ!」

このケチって言葉がとんでもブーメランなんですよね。

ケチって言った奴がケチなんですよ。

むやみに金品を惜しむことがケチなんで、断ったほうも奢りを要求するほうもどっちもケチなんですよ。

つまり、片っ端から人に金品をたかることによって断った人間はケチになるし、たかった人間もケチになるから、人類のほぼをケチにすることができるんです。

そしてケチがそのほぼを占めた場合、ケチがマジョリティになることによって、ある意味ケチの特異性が失われて、その概念は消滅することになるのです。

これが、ケチの消滅問題です。

これ、テストにでますからね。

 

ではこれを応用してみましょう。

「お〜〜〜い、ケツ〜〜〜」

これは人のことを「ケツ」と呼んだ場合ですね。

ここでいう「ケツ」とは「尻」を意味します。

冷静に考えて人のことをケツと呼ぶのはよくわかりません、失礼です。

ましてや女性をケツ呼ばわりすることはもちろんのこと、

それを受け入れてるのもよくわかりません。

 

ただ、他人のことを「ケツ」と呼んでいる人間にも当然ケツはあるわけです。

そして呼ばれたほうも当然「ケツ」を持っているわけです。

つまり「ケツと言った奴もケツ」の理論が成立するので、先程と同様にケツの特異性は失われて、世界からケツが消滅します。

 

このケツの消滅を防ぐために、もしケツと呼んでいる人や呼ばれている人がいたら、これからは「おっぱい」と呼びましょう。

「おっぱい」あればある人とない人がいるのでその特異性は失われず消滅することもありません。

おっぱいは不滅です。