タピオカが先か、ミルクティーが先か
タピオカミルクティーが今アツいって話を聞きましてね。
なんか、昔にも一回ブームがあったような気がするなって記憶がなんとなくあるんです。
その時もなんでもかんでもタピオカ突っ込んどきゃいいんだよみたいな風潮があったようななかったような。
ただ、今みたいにタピオカミルクティー1杯のために数時間並ぶみたいな勢いだったかなと。
さすがにそれはどうかと思うんですよね。
だってタピオカミルクティーですよ。
先に言っておきますけど、別に他人の趣味趣向にケチつけるつもりは毛頭ないです。
でもタピオカミルクティーですからね。
そんな災害時の炊き出しじゃないんだからさ。
世の中には美味しいものがいっぱいあるんですよ。
並ばなきゃ食べられないものもあります。
なんなら並んでも食べられないようなものまであります。
数時間という貴重な資源と少しの資金を費やして得るものがタピオカミルクティーってね。
いや、いいんですよ別に。
その人が費やすものの価値に見合うと判断したわけですから。
タピオカミルクティーにそれだけの価値を見出してるわけですから。
ただ、タピオカミルクティーに数時間費やす人はどういう感覚でいるのかなって気になる部分はあるんです。
ドリンクって「ん〜喉乾いたな」って軽いノリで胃に流すもんじゃないですか。
でも軽いノリじゃないわけでしょ。
事前に計画を立てて、タピオカミルクティーを中心に1日の段取りを組み立てるわけでしょ。
そうまでしてタピオカミルクティー族を駆り立てるものって一体何なんですか。
ミルクティーなんですか?
タピオカなんですか?
すごい美味しいタピオカミルクティーを出す店があったとして、おいしいのってミルクティーであってタピオカじゃない気がするんですけどね。
でも仮に人気のタピオカミルクティーの店がタピオカを入れなくなったら見向きもしなくなるわけでしょ。
かといってタピオカだけを売ってる店に行列ができるかって話ですよ。
できないでしょうね。
だってただのタピオカだし。
つまりタピオカミルクティー族は美味しいミルクティーにタピオカを入れただけのものを望んで数時間を費やすわけですよ。
美味しいミルクティーだけじゃだめなんです。
タピオカだけじゃだめなんです。
この大したものじゃない2つが合わさっているものに大きな価値を感じるその心。
その「たかが」というものに価値をつける心はとても大事なものだと思いました。
素直にリスペクトです。
決して馬鹿にはしてないですよ。